帰りのラッシュアワー

打合せを終えて10時前の電車。
4両編成でそこそこ混んでいて、ま、それは時間帯が時間帯だけに仕方がない。

立ってる人の手持ちぶさた解消道具はヘッドフォン、ケータイ、本あたりだろうか。
もう少し早い時間帯だと夕刊紙なんてのも割と見かけるのだけど、この時間だともう売店は閉まっている。

止まる駅では戸口の人は一旦降りて通路を譲るのがマナーなのだが、車両の奥から出てくる人が何も言わないのだ。ヘッドフォンしたままで半ば押しのけるか身体をよじって外へ出てくる。「すみません」とか、いわないのだろうか…と思ってはたと気づいた。

言う方も言われる方も半分くらいはヘッドフォンしている。どちらも自分の世界に浸っているのだ。

こういうことを言うとじじ臭いというか説教臭いと自分でも思うのだけど、あのヘッドフォンというのはかなりのクセものなのかも知れない。否、ヘッドフォンには罪も何もない。むしろ通勤ラッシュの苦痛を和らげてくれるものであり、あるいは勉強の友なのかも知れない。要はつかいようなのだ。(dからというわけではないけど、どうも僕はあの携帯型プレイヤーを持つ気にはなれないでいる。いいなぁとは思うのだけど…使うか?と聞かれると多分3日で飽きるような気がして。本があるからべつに困ってないし。)

コミュニケーション能力なんてたいそうなものでなくていいから、「すみません〜」の文化(というかこころがけというか、他者への優しさというか)はちゃんと継いでいかないとなぁと思ったのでありました。

あ、なんだかえらそうにものを言ってますね。すみません。