パソコンで書くことの快感

今日のブログはPCで書いております。
ひさびさ、スタンバイのままで席を立っていたので、そのままの勢いで「だだだだ」とかいているわけですが、これがセーラー服と機関銃のごとく

「カ・イ・カ・ン」

なのであります。(注:CV:薬師丸ぴろ子です)

やはりその辺は携帯の小さな画面と12キーでは如何ともしがたいものです。逆にあの12キーで短文を乱打する若者はすごいなと思いますが、思考が小さくなるのではないかなというのをすごく危惧します。

少なくとも資料を横に置いて書いたり、タブの間を自由に往き来して(注:私はSleipnir使いです)情報の海を泳いでいる(おぼれている?)快感さというかアドレナリン出まくりな気持ちというのをもしケータイ世代が味わいにくいのだとしたらそれはすごくもったいないなぁと思います。

それでも、レポート用紙と図書館で格闘したのはほんの10±2年前か。今だったらメールで出せとか言われるのだろうけど、思考回路がPC用にカスタマイズされちゃってるから、手書きレポートを要求されると案外手こずるかも。PCで下書きして清書が手書き…あ、最近それ履歴書でやりました(笑)


こうやってキーボードを叩いているのが快感なのである。出典を忘れたが「本とは作者の思考の排泄物である」というのを聞いた憶えがある。ゆえに図書館や本屋では大便を催す人が多いのだとか…さすがにそれは証明は難しいだろうが、気持ちは分かる。そうやって出された残渣をまた貪り読んでは再生産するべくこうやって文字化しているのである。これもまた思考の排泄物か。しかしキーを打つという運動もまた快感の一要素であることは確かだろう。